コインランドリーで袖すりあえば

 秋も深まったある日の夜、憂鬱そうな顔をして私の部屋をノックしたのは隣の405号室の住人。何事かと思いきや、101号室のNの様子が変だとか。高校時代は蛮カラな剣道部の主将でならしたのだが、4週間前に失恋し恋愛免疫力の低さからしばらく部屋から出てこられなくなり周囲を慌てさせたことの続きかと思いきや、「続きかどうか分らんけど、最近コインランドリー通いが激しくて…」

 聞き取った断片的な情報を見えない話に繋いでいくと、こんな心配事が明らかに。「これまで洗濯物を半月くらいためてから通っていたコインランドリーに、今は3日にあげず通ってる。それも嬉々として。ひょっとして、失恋の後遺症で女性が全て敵に見え、下着泥棒でもしてるのとちゃうかいな」

 下着泥棒 !? きれい好きになったのならいいことだと思うし、敵に見えるのならそんな人の下着は取らないだろうとも思うのだが。「それだけ失恋の痛手が大きかったいうことやん。友だちとして見過ごせんでー。同じ寮から犯罪者を出すわけにはいかんから、ちょっと協力してくれへんか」純粋に友だち思いからの発言なのかは甚だ疑問。でも、そうお願いされたら仕方がない。他に暇そうにしているやつを3人誘い、寺町寮探偵団が誕生。

 探偵団の崇高なミッションは、「Nがコインランドリーでやらかしていることを突きとめ、悪事に手を染めようとしているのなら正しい道に連れ戻す」こと!

 ところが、捜査開始からしばらく経ちクリスマスの声が聞こえ始めたある日、コインランドリー偵察部隊から、「どうやら店内の伝言ノートで女性とメッセージのやり取りをしているらしい」との報告が…。なにが下着泥棒や!誰の免疫力が低いって !? などの怒号が飛び交う会議中に、「あさっての土曜日デートするらしい」との続報。悪事に手を染めていないと分った以上、探偵団の存在意義は失われているのだが、そこは勉強もせず暇を持て余している者の集まり。「デートの相手を見てみたい」となるのは当然の流れ。

 ソ~ッと寮を出るNには気づかないふり。帽子やマスク、サングラスで変装し、後をつける。机上演習を繰り返した鉄壁のフォーメーションに監視対象はまったく気づかず…というかお相手にメロメロで周囲に気を配る余裕がない情けなさ。どこが蛮カラやねん!

 件のコインランドリーでの待ち合わせから始まり、映画館で「野生の証明」を鑑賞、マクドで昼食、商店街で買い物、喫茶店でお茶と、「もっとロマンチックな映画はなかったんかい!」とのツッコミは入るとしても、お金のない18歳の予備校生にしてはまあまあのチョイスか。

 「かわいいなぁ。でもって若いぞ…中学生ちゃうか?」との分析に団員一同盛り上がり、夕方、Nが帰って来るや否や部屋に押しかけ白状させたところ、中学1年生、コインランドリーのオーナーの娘さん、お店の2階に家族で住んでいる、失恋の辛さを伝言ノートに書いたところ元気づけてくれたのがきっかけ、今日初めて会ったなどなど、のろけられる始末。

 その日以降は模試が続いたりで受験勉強が本格化し、自分のことで精いっぱいの日々が続くのだが、「何してくれんねん!単語の一つも覚えんかい!」、「どの口が言うてんねん!おまえもやろ!」と夜まで騒いだあの日のことは思い出に強く残っている。

 去年(2022年)の夏の甲子園。仙台育英高校の選手や監督が宿舎近くのコインランドリーに置かれていた同じようなノートに意気込みなどを綴り、地域の方々が応援メッセージを寄せるなどして交流したことが優勝を後押しした…というニュースを聞き、デジタルの世の中になってもアナログな手段で生まれたドラマに感激し、半世紀近く前の出来事が蘇った。

 私が大切にしている言葉は「タイミング」と「縁」。これらの言葉に隠されている物語の紹介はまたの機会にするが、N氏夫妻のように「袖すりあった縁をも生かす」人生を送りたいとずっと思っている。

平畑 博人