夢みてますか?

 ある曲の歌詞の一節。

♪苦しさの裏側にあることに眼を向けて
夢をみてよ どんな時でも
すべてはそこから始まるはずさ

 先日、ある友人と話をしていたら、「そろそろ仕事を辞めようかなと思っているんだけど、どう思う?」と聞かれた。話を聞いていると、結構な仕事量をかかえており、それを一つ一つ処理していくことがそろそろしんどくなってきた、とのことである。ふと立ち止まって、「何のために仕事をしているのだろうか」「何のために生きているのだろうか」と、改めて疑問を持ったのかもしれない。

 少し前、僕はある治療を受けるために病院に入院した。部屋は4人部屋。僕の治療はそれほど大げさなものでもないので、わずか1泊2日の入院ではあったが、他の3人の方はそうでもないようであった。隣のベッドの年配の方は、気管切開をしており声が出せないので、僕との会話も小さなボードを介して行った。食事をするときも夜寝るときも四六時中しんどい様子がカーテン越しにうかがえる。

 「悩みは尽きない、生きているんだもの」とは相田みつをのことばである。仕事をしていてしんどい時もある。病気になって目の前が真っ暗になることもある。生きていて苦しくなることもある。そのような時はどうしたらいいのだろうか。

 私事になるが、80歳半ばを過ぎた僕の母は、国が指定するある難病を患っている。現在、母は東京に住んでいるが、先日、体が動けるうちに存命である兄弟や友人に会いたい、生まれ故郷である高松をもう一度この目で見ておきたい、とのことで、東京からJRを使って高松に来た。その際に受けたJR社員の方々からの素晴らしいサポートについてはまた機会があるときに書きたいと思っているが、普段、あまり動くことができない母が、高松に行きたいと思うようになってから、「なんか、元気が出てきた」「体が少し動くようになった」と話すようになった。母曰く、主治医からも「最近、いい表情をしている」と言われたそうである。

 東京と高松を往復することは、普通の人であれば、それほど大変なことではないが、母の現状からするとそれは現実離れしたことであり、それこそ夢みるほどのことである。そのような夢をみること、そしてその夢を叶えようという意志が、母を活き活きさせたのだろうか。

 大学で経営学を教えていると、理論だのなんだのと小難しいことを話したりする。学部4年生の卒業論文や修士課程の学生の修士論文についてアドバイスをしていると、「まずは目先のことを一つ一つ確実に進めていこう」などと言ったりもする。仕事をしていて現実的な対応をすることを意識することもある。つまり「先のことを考えても仕方がない、目の前の現実の課題にきちんと取り組んでいかないと」という考え方には一理ある。

 だが、そのような考えになっている時においてこそ、改めて真逆のことを問いかけるべきである。「夢みてますか?」と。香川県のあるベンチャー企業の社長は、非常に保守的で変化を嫌う業界を対象に事業を行っているが、将来を見据えて「業界を変えるんだ!」と息巻いている。ベンチャーで働いている人が活き活きとしているのは夢みているからである。「夢みる」を英語で言うと“Build Your Dreams”=BYD。中国の電気自動車メーカーのBYD社は、この「Build Your Dreams」の頭文字をとったものであり、まさに同社も夢みたからこそ、急速な成長を成し遂げたのかもしれない。

 冒頭の歌詞を見て、誰の何の曲かがすぐに分かった人は、日本がまだ夢やロマンを持っていた、歴史的にも日本が最も輝いていた時に、若い時代を過ごした年齢層の方であろう。いまの若い人たちが、はちきれるほど夢みることのできる時代が再び来てほしいと願うばかりである。すべてはそこから始まるのだから。

藤原 泰輔