スポーツがうまれるとき

スポーツがいつ誕生するのか、みなさんは考えたことがあるだろうか。いまや我々の生きる社会にたくさんのスポーツが存在することは自明であるが、それらのスポーツが誕生した瞬間を詳らかにするのは容易ではない。今回はラグビーを例に挙げ「スポーツはいつ誕生するのか」という問いに迫ってみたい。

ラグビーはいつどこでどうやって誕生したのか?これは意外と有名な話なので、もしかすると既知の人もいるかもしれない。おそらくそれは、19世紀はじめのイギリスで、パブリックスクールの一つであるラグビー校に通うウィリアム・ウェッブ・エリスという少年が、フットボールの試合中にルールを無視してボールを手で持って走り出したことが始まりである、という説のことではないだろうか。たしかにラグビーW杯の優勝国にウェッブ・エリスカップという名のトロフィーが授与されることや、日本ラグビーフットボール協会のホームページに、ラグビーの起源としてエリス少年が「フットボールの試合中に手でボールを持って走り出した」と記載されていることなどからも、この説が定説として広く認知されていることがわかる(※1)。とするならば、「ラグビーが誕生した瞬間」とは、「エリス少年がボールを抱えて走り出した瞬間」となるのだろうか。否、それはいささか早計である。

この「エリス少年がボールを抱えて走り出した」という話は、エリス少年と同時期にラグビー校に通っていたブロクサムという卒業生が1880年、ラグビー校の校友会誌『Meteor』にその内容を投稿した際に初めて世に出たとされている(※2)。しかし、実はブロクサムがラグビー校を卒業したのが1821年、エリス少年がボールを抱えて走ったのは1823年であることから、ブロクサムはどうやら別の卒業生に確認した程度の根拠しか持ち合わせずに例の説を寄稿したようである。また、投稿されたのが卒業して50年以上経過してからであったことも、その説の信憑性の低さに拍車をかけている。

スポーツ史という学問分野では、この定説をウィリアム・ウェッブ・エリス神話として批判的に検討する試みがなされている。ラグビー競技はラグビー校で発達したこと、エリス少年がラグビー校に在籍していたこと、これらは事実であるとしながらも、エリス少年がボールを抱えて走り出したこと、このことが事実である証拠はないと主張する研究者も存在する(※3)。それにもかかわらず、ウィリアム・ウェッブ・エリス神話が定説化されたのは、ラグビー校が他校に対して学校の威信を誇示するためであったとされており、その証左にラグビー校にはエリス少年がボールを抱えて走り出す様子の銅像と記念碑が立てられている。(「エリス少年 記念碑」で検索)

これらを踏まえて、「ラグビーはいつ誕生したのか」という問いには「よくわからない」と答えるのが誠実であろうか。明確な解答を期待していたみなさんには、申し訳なさしか残らない結果になってしまった。しかしながら、ラグビーに限らず、いまや身のまわりに当たり前のように存在しているスポーツも、どこかで誰かが生み出したものであるはずにもかかわらず、その起源を探ってみると実はよくわかっていないことが多かったりする。スポーツの起源を知れば、より深くスポーツの楽しさを味わえるのではと考えてはいるが、世の中に無数にあるスポーツの起源を詳細に把握することは困難を極める。少なくとも、自分が経験したことのあるスポーツの起源くらいは饒舌に語りたいものである(なおラグビーは未経験)が、スポーツの歴史は奥が深い。そうであれば視点を変えて、自分が新しいスポーツを創ってしまえばよいのではないか、とも思う。自分自身がスポーツを創り出せば、スポーツがうまれる瞬間を目の当たりにすることができるからだ。全人類にラグビーのように世界的に有名なスポーツを創り出すチャンスが存在しているわけであり、何も今あるスポーツを楽しむことだけにとどまる必要はない。

さて、「ONE TEAM」を合言葉に日本代表(ブレイブ・ブロッサムズ)が初のベスト8進出を果たすなど、日本でラグビーW杯が開催された2019年大会から早いもので4年が経過した。「闘球」と称されるラグビーでは、筋骨隆々とした選手たちが楕円形のボールを抱えながら突進し、それを阻止しようと果敢にタックルを決める。あるときはタックルをものともせず、あるいは華麗にかわした末に、トライを決める。そんな光景はまさに「闘う球技」であり、ラグビー選手の闘う姿に魅了された人も多いかと思う。そのラグビーW杯が2023年9月からフランスで開催される。ちょうど200年前には「エリス少年がボールを抱えて走った」とされる、記念すべき年である。出自は不明確であっても長きにわたって人々にプレイされ、観戦されるラグビーというスポーツの魅力を、その目でぜひ確かめてほしい。

※1 日本ラグビーフットボール協会のホームページには「これには諸説あると言われている。」と記載されており、断定的に書かれているわけではないことに留意されたい。〈https://adeac.jp/jrfu/timeline/tm000010〉(最終閲覧:2023年7月7日)
※2 阿部生雄「ウィリアム・ウェッブ・エリス神話と『ラグビー・フットボールの起源』(1987)」『筑波大学体育科学系紀要』30:13-23.2007年 を参照。
※3  Vamplew, Wray.Games People Played A Global History of Sport,London,Reaktion Books: 2021.レイ・ヴァンプルー、角敦子訳『スポーツの歴史 その成り立ちから文化・社会・政治・ビジネスまで』原書房,2022年 を参照。

奥田 直希