あやまっても済まないこと

「今日は告白の日です!」
左手にお茶碗、右手にお箸。いかなごの釘煮を口にしようとしたまさにそのとき、アナウンサーが言い放ったこの言葉に思わず手が止まった。「朝ご飯はしっかり食べる」が家訓?なので止まった手はやがてノロノロと動き出し甘辛い味が口の中に広がったものの、視線の先には画面の中でにこやかに笑っている彼女ではなく、コマ落ちしたセピア色の映像。

告白されたことありますか?「告白」と言ってもいろいろあって誰もが思いつくのは愛の告白でしょうが、皆さんココで私の経験など1ミリも知りたいとは思わないでしょうし、そもそも私も持ち合わせていません (´;ω;`)ウゥゥ。ではなく、「実はワタシ…」という告白。しつこいようですが「実はワタシ、あ…あなたが好きなのです!」というものではなく、シリアスで仰天するような「実はワタシ…」。
私が思い出したコマ落ちセピア映像その一。「実は俺、今、薬飲んだ…」。
中学生の頃、昼休みに廊下で一人ボーッと外の景色を眺めていたとき、青い顔をした部活の友だちがヨロヨロとやって来てボソッと…。何のこっちゃ?と手にしていた瓶を取り上げかざしてみると、外国語で書かれていたラベルは読めないものの隅に日本語で睡眠薬の文字。中身は半分ほどに減っていて、様子からは一粒や二粒飲んだのではないよう。ここ数週間元気がなく学校でも部活でもあまり顔を見ていないことを思い出し、急ぎトイレで胃の中のものを吐かせ保健室に。今は県外で自分の趣味を仕事にしていて帰省した時には一緒に飲んだりするのだが、半世紀近く経ってもあの日のことをお互い口にすることはない。
私が思い出したコマ落ちセピア映像その二。「実は俺、昔、神隠しにあったことが…」。
大学生の頃、サークルの忘年会で盛り上がっていたとき、バカ騒ぎに参加することもなく隣で黙々と日本酒を口に運んでいた友だちがグラスから顔を上げボソッと…。ムーの世界をのぞいてみたいとも思ったが、この時代に神隠しとは酔っ払った末の与太話か? うさんくさそうな表情が漂っていたであろう私の顔を暫し見つめた彼は、「信じんわなぁ…」とつぶやき再び一人お酒の世界に。いつもならこの上ない肴とみんなでイジリ倒すのだが、決してお酒が強いわけではない彼が様相を一変させ浴びるほど飲んだ挙げ句に発した言葉だった故か、私はそれ以上触れられなかった。家業を継いだ彼とはやがて音信不通になったが、コロナ前に開かれた同窓会では、山伏の修行をしながら隠遁生活を送っているらしいと噂に。今は変人扱いされている彼の学生時代の告白は、多分、私しか知らない。

長く生きていると、仕事として告白や相談を受ける立場になったり係に就いたりすることがある。カウンセリングの経験もなく、ましてや資格を持っているわけでもないのに。「あくまで窓口だから。後は専門家に繋げばいいから」などと諭されると、これまでの成功体験や仕事だからとの割り切りで「どうにかなる」と引き受ける(引き受けざるを得ない)のだが、これが大変なことに発展したりする。じっくりと誠実に対応したつもりでも言いたかったことの半分も聞いてなかったり、そういうつもりで言ったのではない一言が心の中をかき回し回復不能な深い傷を負わせてしまったりすることが。

告白なり相談なり、当事者は深刻。悩みに悩んだ末、清水の舞台から飛び降りる覚悟で「実はワタシ…」と話し始める。友だちであろうと、見知らぬ人であろうと。あちこちで「寄り添う」という言葉を聞くが、そう簡単で単純ではないと私は反省し肝に銘じている。

平畑 博人