好奇心、そして、ほんの少しの勇気

香川県三豊市にレモンケーキなどレモンを使った商品を販売している店がある。おいしいとの評判を聞いたので、これは行かなければならないと思い、車を飛ばして訪問。営業時間のピークを過ぎていたこともあり、お客様は誰もいない。この店のアピールポイントは「ノーワックスのレモン」を使っているということなのだが、そもそも筆者は「ノーワックスのレモン」ということの意味がよくわからない。そこで店主に「ノーワックスのレモンって何ですか?」と質問したところ、そのあとの店主の話が非常に興味深いものであった。まず輸入レモンは長時間の輸送のために表面にワックスが塗られていること、そのワックスを取り除こうとしてもどうやっても完全には取れないこと、したがって皮まで食べられないこと、そこで自分たちでレモンを生産していること、などなど。そして、店主が店の前にあるレモン畑を案内してくれた。ぱっと見てレモンができているのだが、木の下のほうに目を転じると、なんと「みかん」がなっている。つまりミカンの木にレモンの木を接ぎ木しているのである。「そんなこと、できるんですか?」と聞いたところ、店主はニヤリ。同じ柑橘系のものなのでそういうことができるとのことである。

ある日、東京での所用を終え、新幹線で高松に戻っていた。名古屋駅でキャリーバックを3つ持っている若い人が隣に乗ってきた。筆者は、可能な限り、1号車の1番E席(窓側席)に座るようにしている。つまりその人は通路側の「1D」席に座ったということである。名古屋を出てしばらくしてトイレに行きたくなった。隣の人の荷物があるために、「すみません」と一言声をかけたところ、「ああ、すみません」と恐縮する感じで、立ち上がって通してくれる。筆者がトイレから戻ってきたときも同様に丁寧に対応してくれる。自分の座席に座り、何ともなく隣の人に「すごい荷物ですね」と声をかけたところ、自分は学生であり、名古屋の自宅に置いていた荷物を下宿先に持っていくところ、とのことである。そして、やはり何ともなく「どちらまでですか」と聞いたところ、「博多までです」という返事。んっ?と思い、「名古屋の人が福岡にある大学に行くのはかなり珍しいと思いますが?」と興味本位に聞いたところ、自分がやりたい勉強の学部がその大学にはあるんです、との返事。そこから、どういう学部なのか、大学生活はどうかなど話がどんどん広がっていく。大学ではヨット部に所属していますという話なので、「ヨットって、なぜ向かい風でもその方向に進むんですか?」と質問したところ、「あまり僕もわかっていないんですけど」との前置きの上で、丁寧に説明してくれる。そんなこんなで、話がずいぶん盛り上がり、岡山まであっという間に時間が過ぎ去っていった。

先日、東京のとある公園を散歩していた。初老のご夫婦が池の端で休んでいるのだが、よく見ると、2羽のフクロウを連れている。目がクリクリっとしていて非常にかわいい。ついつい「写真を撮ってもよろしいですか」とお願いしたところ、「どうぞ、遠慮なく」とのこと。フクロウをペットにしている人なんて初めて見るので、自分の中でも興味津々。そこで、「フクロウを飼うのは大変ですか?」「やはり夜行性なんですか」など素人質問を連発。しかし非常に丁寧に答えてくれる。その中でも印象に残っているのは、フクロウの餌のことである。その人曰く、スーパーで売っているような肉ではだめで、きちんと血も入っている生肉を餌にしなければならないとのことである。つまりフクロウにとって血も栄養。そういう肉は普通はなかなか入手できないのではと尋ねたところ、卵を産まなくなった鶏などが餌になるように処理され流通するチャネルがあるようである。

3つの話は相互になんの脈略もないのだが、共通点がある。それは、声をかけることによって、自分が全く知らないことをいろいろと教わることができた、ということである。商品を購入すればそれで用は終わるわけで別にレモン店の店主に声をかける必要はない。しかし話しかけたことにより、一つの木にみかんとレモンが同時になっている光景を目にするのである。学生も単に隣に座っただけの人。しかし何ともなく声をかけることで、その学生が持っているヨットに関する情報を得ることができた。フクロウを飼っているご夫婦も散歩中、少し休んでいただけである。しかしちょっと声をかけ話していくことで、自分の知らない餌に関する流通市場に関する知識が頭の中に入ってくる。
見ず知らずの人に声をかけることは非常に勇気が必要、と感じている人が多いのではないだろうか。また、相手の都合を考えずに自分勝手に話しかけると相手に失礼なのではないか、と思っている人もいるだろう。しかし、好奇心を持って(目を輝かせる感じで?)相手に話しかけると、意外と相手も話してくれる。むしろ話したがっているといってもいい。もし声をかけて相手の反応が薄ければ、それでやめればいいだけである。
前職で働いていた時、ある若手社員から、「なぜ、全くこれまで会ったことのない人とそれほど話ができるんですか?」と質問されたことがある。筆者は別に話がうまいわけではない。要するに、コツは「対象への好奇心」と「それを声にするほんの少しの勇気」なのである。

藤原泰輔