「土の教育」と「紙の教育」と「デジタルの教育」

新型コロナウィルス感染症の感染拡大に伴い、教育界では教育方法等の見直しが行われている。かつて日本では、昭和初期に「土の教育か紙の教育か」という論争があった。昭和6年(1931)に近森幸衞香川県師範学校長(『趣味の東洋史』の著者)が、「紙の教育から土の教育へ」(『香川新報』)を発表して県内の教育に大きな影響を与えた。近森は、当時の日本の教育の現状を、実生活を離れて上級学校への入学率だけを誇る「紙の教育」の蔓延が児童・生徒を知識の化物にしていると厳しく批判し、その改善策として現場の生活経験を重視する「土の教育」の必要性を説いて学行一致の教育を進めた。このような「土の教育」思想に通底するのは、「土地(地域)に根ざした教育」と「経験主義的な問題解決型学習」であり、これに対して「紙の教育」は、「学問体系に根ざした教育」と「系統主義的な教科学習」を重視していた。
戦後にも昭和27年(1952)から「経験主義か系統主義か」「問題解決学習か系統学習か」という経験主義論争や問題解決学習論争等が起こって一時系統主義に傾斜したが、平成元年(1989)改訂の学習指導要領では、社会生活への対応を重視する「新しい学力観」が唱導されて経験主義が再登場するなど、日本の教育は経験主義(問題解決学習)と系統主義(系統学習)の間で揺れ動いてきたといえる。大学教育においても、平成20年(2008)に中央教育審議会の「学士課程教育の構築に向けて(審議のまとめ)」で学生の主体的、能動的な学習法を重視することが提言され、文部科学省ではアクテイブラーニング(主体的・対話的な深い学び)とアダプテイブラーニング(学習進捗度に応じた適応学習)を推進するようになった。 アクティブラーニングの形式的な手法だけ取り入れて、戦後の問題解決型単元学習が「這い回る経験主義」「ごっこ学習」と揶揄されたと同じようなことにならないかが危惧される。そこでは学生のアクテイブラーニングに対応した教師側のアクティブティーチングの在り方に関する研究が必要となっている。
また、IT革命により2000年代から「紙の教育」に代わって「デジタルの教育」(ICT教育)が推奨され、特にコロナ感染が広まる中で「アナログ・対面型教育かデジタル・オンライン型教育か」という新たな問題提起もなされている。大切なことは、デジタルはあくまでも手段であって目的の変更ではないので、学校は今後オンラインで何をするかを考え、紙のデータや既存の授業をデジタルやオンラインに置き換えるだけでなく、この機会に児童・生徒・学生が学び易い新しい授業形態を創っていくきっかけとすべきである。ポスト・コロナの世界では、これらのことを総合的に考えて、「リアル(土の教育)」か「アナログ(紙の教育)」か「デジタル(デジタルの教育)」かではなく、それらを統合した、より高次な教育と学び方の創造が求められている。紙であろうとデジタルであろうと、多くの先人の知恵や経験からどうそれを読み取り、DXなど次代からの要望にどう備えていくかという教育の本筋を押さえることがポイントとなるであろう。(溝渕利博)