幻想飛行

<間を置かない登場ですみません。順番ですので悪しからず。>

棺桶に片足を突っ込んだ歳になって久しい。ひょっとするともう両足が入っているのでは…と思うこともあり、真剣に断捨離中。実行したものもあるし、なかなか手がつけられないものも。書斎の整理は後者。「いい加減に片付けないと全部捨てるわよ!」と山の神が宣って久しく、毎日ドキドキしながら帰宅している。机の整理から始めたのだが、引き出しの奥に「キングクリムゾンの宮殿(In The Court Of The Crimson King)」のジャケットに描かれていた顔をそのまんまパクったマッチを見つけたところで手が止まり、走馬灯が回転。

1978(昭和53)年の京都市寺町今出川(京都市上京区大原口町)。「ニコニコ亭」は出町柳商店街の近くで今出川通と寺町通がぶつかる交差点の南西にある雑居ビルの3階。分厚く重い防音ドアを2枚開けると、目の前には人の背丈ほどもあるスピーカー。波打つウーハーからは耳をつんざくエレクトリック・ギターの調(しら)べ…ではなく、もはや爆音。暗闇に目を凝らし数席しかない椅子に腰を下ろし、店員の兄ちゃんに口パクで飲み物を注文。聞きたいアルバム(CDではなくLP)をこれまた口パクでリクエスト。ブツブツ音を我慢し聞けるだけ聞き、ブームの走りだったインベーダーゲームが5回はできるほどべらぼうな値段のついたコーラをゲップに堪えながら飲み干す。30分以上居座り外に出るとしばらくの間普通の音量での会話に支障が出てしまう。同志社大学や同志社女子大学が近かった土地柄か、こんな世間離れしたハードロック喫茶が結構流行っていた。大学生にとっては音楽に楽しく浸る場所だったのだろうが、鬱々とした浪人生の私にとっては気分転換と英単語を覚える場所でもあり、それ以降よく聞くようになったお気に入りのグループやアルバムを見つけることができた場所でも。
どこのFMだったか、一人のパーソナリティーが週替わりで登場し、人生の節目に聞いていた思い出のアルバムや人生に決定的な影響を与えたアルバムを毎日1枚ずつ紹介する番組がある。思い出も合わせて語るので鬱陶しいところがあるものの、私なら誰のどのアルバムなのだろうと考えながら拝聴している。そんな中で件のマッチ。あれ以降、私の一押しは トム・ショルツ(Tom Scholz)率いる“Boston”のファースト・アルバム『BOSTON』(1976、邦題『幻想飛行』)。「ニコニコ亭」でよく聴いていた。買ったはずのLPは行方不明なのでamazonでCDを購入。ガンガンとがなり立てるハード系ではなくポップなプログレ系なのだが、聞くと気が晴れる。
一小節を聴くと昔にすぐ戻ることができるのが音楽。甘いことや酸っぱいこと、激辛なことなどなど、いつもは記憶の奥底に鍵をかけて仕舞い込んでいた記憶が自然と蘇る。そこで気がつくのは、あの頃はただただ絶望でしかなかったことも時間が経った今では笑って話せるということ。有名人が自ら命を絶ったというニュースを耳にする度に、そんな単純なものではないのは分かっているが、どうにかならなかったのかと残念でしかない。

 

平 畑 博 人