非日常的な時間――宿坊に泊まって

寺ガールというわけではないのですが、先日、京都の宿坊に泊まりました。お寺は真言宗智山派の総本山智積院です。真言宗といえば宗祖は弘法大師空海。8年前に留学生たちと歩き遍路をしたとき以来の宿坊体験です。
宿泊の条件は、朝6時から始まる勤行(ごんぎょう)に参加すること。消灯時間は22時半。オリンピック観戦ですっかり夜更かし癖がついた身には、かなりきつかったけど頑張って起きました。早朝の境内は静寂に包まれ、実にすがすがしい気分です。
勤行には全国からきている修行僧も参加します。前夜知り合った「ぶっちゃけ寺」の露の団姫(つゆのまるこ)そっくりの尼僧さん達の姿もありました。何十人もの僧侶が一斉に読経する光景はじつに荘厳です。お経の意味は全くわかりませんが、音楽を聴いているような心地よい響きです。続いて護摩供法要が行われました。太鼓の音、読経の声、燃え上がる炎、こちらは圧倒的な迫力です。
1時間ほどの勤行が終わると、名勝庭園と国宝障壁画、講堂襖絵の拝観案内があります。
智積院の庭園は利休好みの庭と伝えられ、中国の廬山を模って造られているそうです。修行僧が淹れてくれたお茶とお菓子をいただきながら、百日紅の花がきれいに咲いている庭園を眺めていると、街の喧噪を忘れさせてくれます。
そして楽しみにしていた障壁画の鑑賞です。障壁画は、長谷川等伯(1539-1610)とその一派の作品で、なかでも有名なのが、『楓図』『桜図』『松に秋草図』(いずれも国宝)です。
『桜図』は等伯の息子久蔵の作品で、桜の花びらの部分が一部、画面から盛り上がっているのがわかります。これは貝殻を砕いて作った「胡粉」を塗り重ねて立体的に描いたもので、完成当時は厚さが1㎝もあったと言われています。ここで、宿坊に泊まった人だけが楽しめるサプライズがありました。館内の灯りを徐々に落とし始めたのです。すると、白い桜の花が暗がりにうすぼんやりと浮かび上がって見えてきました。なんという神秘的な美しさ、そして贅沢な時間でしょう。
出所:http://www.chisan.or.jp/
さらに障壁画にまつわる秘話を披露してくれました。実は、福山雅治が出ている某ビール会社のCMのバックに、この障壁画が使われているのだそうです。興味のある人はインターネットで検索してみてください。
拝観が終わると朝食です。僧侶にとっては食事をいただくということも、大切な修行です。そこで「五観の偈(げ)」(食する心構え)をみんなで唱えました。
五観の偈
一(はじ)めには功(こう)の多少(たしょう)を計(はか)り彼来処(かのらいしょ)を量(はか)るべし
二(ふた)つには己(おの)が徳行(とっこう)の全(ぜん)か欠(けつ)か多(た)か減(げん)かを忖(はか)れ
三(みっ)つには心(こころ)を防(ふせ)ぎ過(か)を顕(あらわ)すは三毒(さんどく)には過(す)ぎず
四(よっ)つには正(まさ)しく良薬(りょうやく)を事(こと)とし形(ぎょう)苦(こ)を済(すく)わんことを取(と)れ
五(いつ)つには道業(どうぎょう)を成(じょう)ぜんが為(た)めなり世報(せほう)は意(い)に非(あら)ず
「五観の偈」をわかりやすく解説すると、以下のような意味になります。
一つ、すべてのものに感謝してこの食事をいただきます。
二つ、自分の日々の行いを反省してこの食事をいただきます。
三つ、欲張ったり残したりしないでこの食事をいただきます。
四つ、身体と心の健康のためにこの食事をいただきます。
五つ、みんなが幸せになるためにこの食事をいただきます。
出所:http://www.myoshinji.or.jp/houwa/houwa_b03/20090424.html
普段食事をする時、ついつい作法をおろそかにしがちですが、両手を合わせ
て、この「五観の偈」を唱えてみませんか。私は、大の苦手だった納豆を、生まれてはじめて完食することができました。みなさんも、いつもと違う気持ちで食事をいただけるかもしれませんよ。
合掌(稲井富赴代)